2024.10.25 [インタビュー]
登場人物と共に深く傷つき、癒されながら作った作品です 『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』大九明子監督公式インタビュー

第37回東京国際映画祭コンペティション部門出品作
今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は
大九明子監督公式インタビュー
 
小西徹(萩原利久)は晴れた日も傘を差す内気な大学2年生。ある日、教室で見かけたお団子頭の同級生・桜田花(河合優実)に見惚れ、偶然の出会いを重ねるが…。
 
出会いの歓びと親しい者を亡くした哀しみが交錯する本作は、『勝手にふるえてろ』(第30回TIFFコンペティション観客賞)『私をくいとめて』(第33回TIFF TOKYOプレミア2020観客賞)以来、久々に大九明子監督が自ら脚本を手掛けた一作。ジャルジャルの福徳秀介が2020年に書いた青春恋愛小説の映画化であるが、コロナ以降の世界と向き合い、虐げられた者への連帯を示す、これまでにない誠実な作品となっている。
 
映画祭の記者会見場に姿を見せた監督は、鮮やかなライトグリーンのブラウスを身に着けていたが、いま思えばあれは、紛争が絶えないこの世界への抵抗を表明していたのではなかったか。そのことに気づかぬまま、取材を終えてしまったのは残念だった。
 
大九明子監督

©2024 TIFF

 
 
──『勝手にふるえてろ』以来となる2度目のコンペ選出。今のお気持ちは?
 
大九明子監督(以下、大九監督):飽きもせず興味を持ってくださり、感謝しています。素晴らしい監督たちの作品と肩を並べることができて、光栄です。
 
──『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』は、先頃、地上波放送が終了した「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(2023/ NHK・全10話)と、題材的によく似ています。
 
大九監督:『今日の空が』も「家族だから」も命と向き合い、登場人物と共に深く傷つき、癒されながら作った手応えのある作品です。3人の若者が主人公である本作では、若者たちへの期待を込めて、自分がいま思っている事柄を、わがままにも反映させてもらいました。
 
──それはどんな?
 
大九監督:原作小説の命の重さを考えさせる展開に触れ、これはただのエンターテインメントにはできない。私自身が命とどう向き合っているか、自分に問わないことには作れないと考えました。そうして自分を見つめながら脚本を書く過程で、日々の生活や世界情勢の報道を前にして、ふだん感じている「怒り」を無視することはできないと思うに至りました。デモ行進の光景を描いたのはそうした理由からです。
大九明子監督
 
──男女格差における当事者意識も忍ばせています。
 
大九監督:シナリオ・ハンティングで関西大学に行った折、大学昇格100年の記念展示会が催されていて、大学初の女子学生・北村兼子(1903-31・27歳で夭折したジャーナリスト)の存在を知って、衝撃を受けました。館内に流れる「もう怒ってもいい、赫怒(かくど)してもいい」という、彼女が1927年に残した肉声(SPレコードに吹き込まれた自著『怪貞操』の朗読)に、100年経ってもジェンダーギャップが解消されない世の中への怒りを猛烈に掻き立てられました。そこで彼女への連帯の気持ちを、主人公のひとりに語らせることにしたのです。
 
──これらの要素を映画に加えた理由は?
 
大九監督:コロナ後の分断と紛争の時代を生きている状況から、目を背けることは難しい。大学に通う若い人たちの中にも、日々の暮らしやこの世界のありかたに対して、怒りを持つ人が現れてほしい。そうした願いを込めました。小説にないから「わがまま」と言ってますが、決して小説の世界を逸脱している訳ではなく、むしろ深く見つめようとして盛り込んだのです。
 
──これらのディテールが備わり、本作はただの青春物でない、今を生きることのリアルを湛えた映画になっています。
 
大九監督:映画監督としてこれまで夢中で突っ走ってきましたが、この歳になって一本一本作る喜びに加え、この先も残る作品にしたいと思うようになりました。自分が生きている時代をこれまで以上に反映して──。
その思いから、本作では実在するものを重視し、主人公の男女を原作の設定どおり、大阪の関西大学で撮影し、画面に映る飲食物も、日本映画では通常スタッフが用意したものを使用するところを、コンビニなどで買えるものにしています。音楽も今回、原作の設定に乗じてバンドをやっている人物が曲を演奏する以外は、生活の中で彼らが聴く曲だけ流し、劇伴を使っていません。そうした意味でも、本作ではリアルを追い求めました。
 
──近年の流行語「セレンディピティ(serendipity)」を用い、主人公2人の関係性を強調しているのも映画オリジナルです。
 
大九監督:脚本を書く前に原作者の福徳秀介さんとお会いした時、主人公の2人は同じ大学に通う同じ学年の生徒なのに、なぜ一度も会ったことがないのか訊ねたら、福徳さんが「それは奇妙な偶然としか言えないんですよー」とあっけらかんと仰り、「それってセレンディピティですよね」と(笑)。この言葉がぱっと浮かんで、リチャード・リンクレイターの「ビフォア」シリーズみたいな恋愛物にできないかと考えました。
大九明子監督
 
──俳優の演技はいつもどう抽き出していますか?
 
大九監督:現場でまずご本人に演じてもらい、動きや台詞回しを見て、ディスカッションします。本人にお任せしている部分が大きいです。
 
──小西役の萩原利久さんが終盤に感動的な演技を披露します。
 
大九監督:萩原利久さんは子役出身の経験豊富な俳優ですが、感情が最高潮に達する場面では、これまで見せたことのない演技をする必要がありました。そこで「この際、役を忘れていい。利久君として演じてほしい」と言ったら一発OK。会心の演技を見せてくれました。
 
──河合優実さんとは「家族だから」に続くコンビ作です。
 
大九監督:河合さんにはお世話になりっぱなしで、「これからもよろしくお願いします」と思っています。成長というとおこがましいですが、1年前のドラマ収録のときより、さらにステップアップしています。演技の振り幅が大きくなり、それでいてミリ単位まで修正してくるんだから凄いです。
 
──さっちゃん役の伊東蒼さんも切々たる感情表現が見事でした。
 
大九監督:ご本人が役と同じ年頃のせいか、長台詞の場面で「どうしても泣いちゃいます」と言うから、「できるだけ堪えてほしい」と言って演じてもらいました。
3人とも長い台詞がありますが、伊東さんのシーンだけ、街中で霧雨が降る酷な状況で撮影しないといけなかったので、ご本人への負担を考えてカット割を最小限に留め、伊東さんと利久君をカメラ2台でほぼ同時に撮影しました。
 
──ネタバレになるから詳しく書けませんが、劇中に入るズームショットに感動しました。今日の映画では、複雑で緻密なショットを試みる作品が多く、作り手の本能や衝動が感じられる瞬間はなかなか観ることができません。久しく忘れていた映画的瞬間に興奮しました。
 
大九監督:ありがとうございます。私は現場で撮れたものが好きで、その感じを最大限に活かしたくて、あの場面ではテイクを2回重ねています。見ると、ズームしたテイクの方が圧倒的に良くて、自分でも持っていかれたし、明らかに芝居もノッていました。スタッフとも、まるで何かの力に突き動かされるような不思議な感覚を共有しました。
 
──「セレンディピティ」を強調するためだと思いますが、フィルム時代を彷彿させる技法を用いた瞬間もあります。
 
大九監督:ええ。本作では、撮影の中村夏葉さんといつも以上に折衝しながら、撮り進めていきました。
 
──わりかし王道のギャグ要素もあって、あの笑える寝癖は?
 
大九監督:『メリーに首ったけ』(1998)のパロディです(笑)。
 
──映画の父グリフィスへのオマージュもありますね?
 
大九監督:あれも是非やってみたいと思いまして。
 
──台詞と場面が真逆になる山中貞雄風の展開もありました。さっちゃんが同志社大学に通っている設定で京都が登場するので、それでやったのでしょうか?
 
大九監督:あの展開は無意識ですが、日本の映画監督としては、遂に京都で撮る時が来たと、緊張感をもって京都撮影には臨みました。粉雪が降って来るシーンの撮影場所として、制作部が「ここで撮れます」と挙げた候補の中に東寺の五重塔があり、恥ずかしくも小津(安二郎)監督の作品が頭を掠め、心が昂りました。
大九明子監督
 
──あの塔は、京都のシンボルとして小津もよく映していましたね。『彼岸花』(1958)と『小早川家の秋』(1961)で。『宗像姉妹』(1950)の冒頭のショットも、遠景にあの塔が映されます。
 
大九監督:誰にも話していませんが、京都の撮影は往年の日本映画を意識させ、胸が熱くなりました(笑)。
 
 

2024年9月25日 東京ミッドタウン日比谷 取材構成 赤塚成人(四月社)

 


 
第37回東京国際映画祭 コンペティション部門
今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は
上映情報
©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」製作委員会

監督/脚本:大九明子
原作:福徳秀介
キャスト:萩原利久、河合優実、伊東 蒼、黒崎煌代

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