2024.11.08 [インタビュー]
「母と子の関係をホラーという枠組みで描きたいと考えた」公式インタビュー『士官候補生』

東京国際映画祭公式インタビュー 2024年11月3日
コンペティション
士官候補生
アディルハン・イェルジャノフ(監督・中央)、アンナ・スタルチェンコ(俳優・左)、シャリップ・セリック(俳優・右)
士官候補生

©2024 TIFF

 
シングルマザーのアンナ(アンナ・スタルチェンコ)は息子のセリックを士官学校に入学させるが、その女の子のような容姿はいじめの対象となり、校長に退学を宣告される。アンナは元夫である上級将校に懇願し、息子を復学させるが、不可解な殺人事件や再びいじめが起き、息子の人格は豹変していく。
 
『世界の優しき無関心』(第31回TIFF/ワールド・フォーカス部門上映)、『イエローキャット』(東京フィルメックス2020上映)で知られるカザフスタンの監督、アディルハン・イェルジャノフの最新作。これまでどちらかといえばユーモアのある作風で知られてきたが、今回は最初からホラー映画として構想されており、「1作ごとに作風を変えたい」とかつて話していたのを、過激なスタイルで実現させた野心作となっている。
 
記事の中に登場する「ポスト・ホラー」という語は、2020年に映画研究者デイヴィッド・チャーチが「Post-Horror: Art, Genre, and Cultural Elevation」を著して以降、広まりつつある近年のホラー映画の定義で、ホラー要素とミニマリスティックなアート映画の要素を融合させた、スローテンポにして厳格なスタイルをもつ、シリアスで曖昧模糊とした物語を持つ作品群を指すらしい。本作もまた、デヴィッド・ロバート・ミッチェルの『イット・フォローズ』(14)やアリ・アスターの『ヘレディタリー/継承』(18)といった、2010年以降に生まれたアートハウス系ホラー映画の影響下にあるのかもしれない。
 
11月3日、2回目のQ&Aを控えた監督と母親役のアンナ・スタルチェンコさん、殺人事件の調査官を演じたシャリプ・セリックさんにお話を伺った。
 
 
──ワールド・プレミアの上映はいかがでしたか?
 
アディルハン・イェルジャノフ監督(以下、イェルジャノフ監督):ホラー要素の強い重い雰囲気の作品ですが、途中で退席する観客はなく、最後まで皆さん、集中して観てくださっていました。
士官候補生
 
アンナ・スタルチェンコ(以下、スタルチェンコ):そして上映だけでなく、その後のQ&Aセッションでも誰1人席を立つことはなく、私はうれしかったです。Q&Aでは興味深い質問もたくさん出たので、時間の制約がなければ、観客との意見交換をもっと続けたかったです。
士官候補生
 
シャリプ・セリック(以下、セリック):完成した作品を観るのは、一昨日のワールド・プレミアが実は初めてだったんですよ。最後まで見終えて、改めていい作品だと思いました(笑)。
士官候補生
 
──いま監督がおっしゃいましたが、最初からホラーにしようと意識していたんでしょうか?
 
イェルジャノフ監督:ええ。母と子の関係をホラーという枠組みで描きたいと考えました。息子が化け物のようになった時、母は息子をどう守るのか。母性がどれだけ本能的なものであるかに関心があったのです。
 
──母子関係を描く舞台を士官学校にした理由は?
 
イェルジャノフ監督:暴力に正当性があるわけないけど、あらゆる形態の暴力が正当化されて行使される場として、士官学校を設定しました。暴力が渦巻く場所で、女性とその息子がどう生きていくのか。そこに興味を持ちました。
 
──冒頭、顔の潰れた写真が登場するところから、ホラー的な雰囲気が漂います。怖さを出すために心がけたことは?
 
イェルジャノフ監督:私は「ポスト・ホラー」と呼ばれる作品が大好きで、いわゆる「メタ・ホラー」や古典的なホラー作品も好きなんです。だから、わっと怖がらせる絶叫系ではなく、リアリティのあるホラーを意識をしました。化け物や超常現象より、人間がたどる精神的、心理的な変化のほうがはるかに怖いというのが、私の意見です。
いま訊かれた冒頭に映る写真に関して言えば、あれは士官学校に通うあらゆる年代の生徒さんを集めて撮った写真を使用しています。そういう細部に手を抜かないことで、映画のリアリティを醸成しているんです。
 
──監督は以前ホラー映画を作ったことはありますか?
 
イェルジャノフ監督:ホラーの風味を加えた作品はありますが、純粋な意味でのホラー映画は本作が初めてになります。喜ばしいことではありませんが、全体主義的な暴力がまかり通るこの現代をホラーは鋭敏に描くことができる。そう信じています。
 
──息子のセリックを演じたラトミール・ユスプジャノフさんはプロの子役ですか?
 
イェルジャノフ監督:彼は演劇学校で学んでいる13歳の学生です。これが映画デビュー作です(笑)
 
──アンナさんは息子との関係性が次第に変わっていくお母さんの役です。感情的に追い詰められる役を演じるのは大変だったのでは?
 
スタルチェンコ:俳優はチームの一員であり、チームを率いているのは監督です。この映画では 、イェルジャノフ監督が私に必要な文献や参考にするべき映画を教えてくれ、もしこの母親が息子を士官学校に入学させなければどうなっていたかという、ストーリー外の設定まで指南してくれました。ですから私は、現場に入る前からどう演じれば良いのか理解できていたわけですが、撮影は心理面、精神面で困難を伴うものですから、撮り終えてから1、2か月は休養が必要になりました。
 
──シャリプさん演じる国防省の調査官が登場すると、映画の雰囲気が変わっていきます。殺人事件の現場に現れたのに、どこか飄々としてユーモラスな味が醸し出されます。
 
セリック:ホラー映画に出演するのは初めてでしたが、イェルジャノフ監督の作品をずっと観てきたので、この役を監督にもらえた時は喜びました。霊的なものには興味なく、信じるのは法と司法だけという、そういう調査官の役で、額に絆創膏を貼っているのはリアリティを追求してのことです。数日前、この調査官は別の事件を担当していて、犯人を捕まえる際に争って殴られた。そういう裏設定があっての絆創膏で、彼がこの 仕事を大変好んでいることを伝える小道具なんです(笑)。
 
──士官学校を舞台にして、いじめやマッチョイズム、ルッキズムが風刺されますが、これらはカザフスタンの社会、そして今日の世界に対する批評と受け取って良いのでしょうか?
 
イェルジャノフ監督:体制とマッチョイズムに対する批判は、もちろん盛り込んであります。アンナさんが演じる母親以外、女性はひとりも登場しません。そんなところからも、男性優位の保守的な社会に対する批評性は、充分感じられるのではないでしょうか。男尊女卑がエスカレートすると、どんな悲劇が起きるのかは作品の中に見られるとおりで、それによってどんな悪が生じてしまうのかは、今後もっと掘り下げていきたいところです。カザフスタンには男尊女卑の風潮が根強くあって、解消されたことはありません。
 
──映像の力もさることながら、本作では、音楽が不吉なムードを生み出すのに貢献しています。イタリアの作曲家、サンドロ・ディ・ステファノさんとは、どんな共同作業をされたのでしょう?
 
イェルジャノフ監督:ステファノさんは映画全体の雰囲気を表現する曲が書ける人です。彼とはイタリアの映画祭で知り合い、これまで何度か一緒に仕事をしてきました。今回、本筋で詳しく扱えなかった過去の殺人事件を題材にして、そこで死んだ生徒たちの声を音楽にしてほしいと、彼にお願いしたところ、ふたつの音階からなる声楽曲を作ってきて、これがいかにも学校らしい雰囲気の曲で感動しました。
 
──監督はシネフィル、大の映画好きとして知られています。日本映画で怖かった作品は何でしょう?
 
イェルジャノフ監督:小林正樹監督の『怪談』(64)、新藤兼人監督の『鬼婆』(64)、そして黒澤明監督の『夢』(90)です。黒澤監督は世界のいろんな監督や映画人に多大な影響を与えていて、カザフスタンでも人気があります。
 
士官候補生
 
 

インタビュー/構成:赤塚成人(四月社)

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