10/29(火)ワールド・フォーカス『陽光倶楽部』上映後に、ウェイ・シュージュン監督(監督/脚本)、ホアン・シャオミンさん(俳優)、チェンマージーユェンさん(撮影監督)、ワン・ツァイタオさん(プロデューサー)をお迎えし、Q&Aが行われました。
司会:市山プログラミング・ディレクター(以下、市山PD):一言ずつご挨拶をお願いします。
ウェイ・シュージュン監督(以下、監督):この度は、皆さん観に来ていただいてありがとうございます。
ホアン・シャオミンさん(以下、ホアンさん):またこうして日本に来て、皆さんにお会いできて嬉しいです。
チェンマージーユェンさん:皆さんに観ていただけて嬉しいです。ぜひ皆さんに気に入っていただけたらと思います。
ワン・ツァイタオさん(以下、ワンさん):この作品のプロデューサー、ワン・ツァイタオです。皆さん観に来てくれてありがとうございます。ぜひ皆さん、SNSでこの作品のことをどんどん宣伝してください。
市山PD:私は、上海映画祭での初上映の際にこの作品を拝見し、本当に素晴らしい映画だと思い、今回この東京国際映画祭に招待することになりました。 上海映画祭では、ホアンさんは最優秀男優賞を受賞されてます。おめでとうございます。
はじめに、この作品で描かれる”陽光倶楽部”という 設定が面白いと思いましたが、どのようなきっかけで、このような設定が生まれたのでしょうか。
監督:具体的なきっかけがあったわけではないですが、脚本家の方々と考えて、この陽光倶楽部の設定にたどり着きました。楽しいという気持ちは、やはり大事なことだと思っており、それを皆さんにも分かっていただければという思いで、このような設定にしました。
市山PD:関連して、この映画では「Don’t Worry Be Happy」という有名な曲をジャ・ジャンクーさんが歌っているシーンが出てきますが、はじめからこの曲を使う予定だったのでしょうか。
監督:元々この曲以外にもいくつか候補があったのですが、やはり作品にイメージがあっているということで、ジャ・ジャンクーさんにこの曲を歌ってもらいました。
──Q:ホアン・シャオミンさん演じるウー・ヨウは、作中で 母親のことを”ママ”と呼ぶ時と、ジェシカと呼ぶ時がありました。その使い分けについて、どのような意図で演じられたか、あるいは監督からどのような話をされたのかをお伺いしたいです。
ホアンさん:まず、私には親子の情を描く作品をやってみたいという思いがありました。それは、私が山東省出身で、山東省の人は親子の情が深く、また親孝行であると考えられているからです。本当に光栄なことに、今回、このような特殊な家庭での親子の関係性を演じることができ、 自分の内心にあったものを吐き出すことができました。
苦労した点は、作品を観ていただくとわかりますが、ウー・ヨウという役は、とにかく食べるんですよね。今の自分と見比べていただくと分かりますが、体型が全く違うと思います。もうとにかく食べていたので、映画の中と今の自分は多分15キロぐらい違うと思います。
監督:母の呼び方に関しては、監督としては、この映画の家族には、はじめは英語名がなかったのですが、シャオミンさんが、家族みんなに英語名を付けたいと言って、ジェシカという名前をつけました。それには、ジャ・ジャンクーさんが演じた陽光倶楽部の教祖のような彼が、言葉のあちこちに英語を入れているので、その影響を受けているというような意味もあります。
──Q:今作は昔のテレビのような4:3のサイズで制作されていますが、監督やチェンマージーユェンさんの意図や、シャオミンさんの演じる際の意識したことなどをお伺いしたいです。
チェンマージーユェンさん:まず、映画のサイズの比率のような細かいところまで見ていただいて本当に嬉しいです。 確かにこの4:3のサイズ比は、いわゆる昔のテレビサイズですが、映画も昔は同じでした。油絵なども元はこのサイズでしたが、その後、人間の視覚が広がったことで、横にどんどん伸びていったんですよね。そうした、16:9などの横広のサイズは、外の風景などを見せる時には、綺麗に見えるのでとても良いと思います。ただ、今回この映画に関しては、我々としては、人に注目をして見てもらいたい、もっと人に注意を向けてほしいと思っていたので、4:3のサイズにしました。
ホアンさん:この4:3のサイズでの撮影で苦しかったのは、自分がさらに太って見えてしまうことでした(笑)
──Q:監督の制作の土台になっている、これまでに影響を受けた作品があれば教えてください。
監督:これまでに触れてきた作品は、 すでに自分の生活の一部として溶け込んでいるので、そこから何かヒントを得るということはありませんでした。
この作品に関して一番ヒントを与えてくれたのは、シャオミンさんと会ったことです。ホアン・シャオミンという人の個性、そうしたものを見た時に感じたのが、彼ならウー・ヨウという役を演じきれるかもしれないという思いです。彼の家の家訓は、“簡単なやり方で複雑に生きる”ということらしく、これはまさにウー・ヨウというキャラクターにぴったりだと思ったことが、ある意味、この作品を生み出すきっかけになりました。