2024.11.06 [インタビュー]
「ドキュメンタリーではなく、写実としてのリアリズムを大事にすることに心を砕きました」公式インタビュー『お父さん』

東京国際映画祭公式インタビュー 2024年11月1日
コンペティション
お父さん
フィリップ・ユン(監督・右)、ディラン・ソウ(俳優・左)
お父さん

©2024 TIFF

 
香港の庶民的な街荃湾(ツェンワン)で、母親と娘が惨殺される事件が起きた。犯人は15歳の息子。食堂を営むユンは、被害者の夫であり父、加害者の父という立場に追い込まれる。ユンは去来するさまざまな記憶に浸りながら、収監中の息子と対話を試みる…。
2015年の『九龍猟奇殺人事件』が高い評価を受けたフィリップ・ユンが、救いのない立場に置かれた父の記憶、思いをくっきりと映像化している。ユンを演じるラウ・チンワンの演技が突出している。
 
 
──とても衝撃的な内容ですね。
 
フィリップ・ユン監督(以下、ユン監督):もともと、松本清張をはじめ日本の推理小説が好きでした。この作品の前に『九龍猟奇殺人事件』(15)という映画を手がけましたが、この作品はそれ以前に、あるベテラン監督に頼まれて脚本で関わっていたのです。だから最初に、監督でと言われたときは重く感じて断りましたが、リサーチをするうちに引き込まれて表現したくなりました。
お父さん
 
──実話をもとにした作品ですね。
 
ユン監督:実際は、半分くらいが真実で半分が創作です。人物の描写とか家族の関係など、表に現れてこないこともあったので。息子が母と妹を殺したというのは実際に起こったことです。このお父さんにも会いました。
 
──脚本も書いていらっしゃいますが、最も心を砕いた部分を教えてください。
 
ユン監督:重要となるのはいくつかあって、ユンの結婚のシーン、入籍して、リングを交換するシーン、それから、息子が生まれる瞬間やお葬式などです。人生で誰もが経験するような部分で、人生の真実を感じてもらいたい、誰にでも起こることだと感じてもらいたくて気を配りました。
 
──時制の前後する展開ですが、構成は最初から考えていたのですか?
 
ユン監督:事件の前後、フラッシュバックみたいなもので何かを思い出すような、記憶の世界の断片を集める感じ。そういうはっきりない心理の主人公を表現したかったのです。
 
──事件を題材にしている作品のほうが監督はお好みなのか、それによって現れる人間の葛藤みたいなものを好まれているのですか?
 
ユン監督:幸いなことに、小さい頃から平和な環境に育ちました。小説を読むのがすごく好きで、映画ではマイク・リーや日本の小津安二郎、是枝裕和の作品に惹かれます。平和な家に育っても、事件の起きた背景をいろいろ考え、それを題材として扱います。クリエイティブ・マインドはないので、ゼロから生み出すのではなくて、起こったことをどうやって自分流に表現するかが得意ですね。分析するのが好きです。人生の探求が目標ですね。
お父さん
 
──演出にあたって、一番気を使った部分を教えてください。
 
ユン監督:一番大変だったのが、リアルを見せること。それは、ドキュメンタリーということではなく、リアリズムを大事にすること、ここに心を砕きました。
 
──この出演者の中でお父さん、ラウ・チンワンが圧倒的に存在感がありましたね。
 
ユン監督:どうやって演じるかではなく、本当に自分が生活している感じを大事にしていました。自然に芝居が出てくる感じ、その現場、その瞬間の彼の感情で表現してくれました。
 
──役になりきっているイメージですか。
 
ユン監督:それがラウさんの得意なことですね。ちゃんと家族のようにみんなと接する。息子、奥さん、娘に対して。さらにお母さんには、本当に息子として話していましたね。関係をちゃんと育んでいて、みんなが自然に会話ができる。
例えば、殺される前に一緒に食事をするシーンで、父親がミスター・ビーンに似ているというセリフはもともとはないものでした。自然でよかったと思っています。
 
──殺人者という大変な役でしたが演じてみていかがでしたか?
 
ディラン・ソウ(以下、ソウ):精神を病んでいる息子をどうやって演じるか悩んだのですが、実際の自分の父親と役の設定が似ていることもあって素直に演じられました。父との親子関係は、交流がわりと足りない、近い距離だけれど遠いみたいな関係です。
お父さん
 
──オーディションで選んだのですか?
 
ユン監督:彼は私の映画会社の女性スタッフの友達の息子です。彼の魅力というのは、すごくピュアな感じじゃないですか。今の若い子と違って真っ直ぐで、自分をはっきり表現できる子だし。私が今まで一緒に仕事をした俳優さんというのは、やっぱり誠実さを大事にしていました。例えばアーロン・クオック、トニー・レオン、ラウ・チンワンなど、みんなそうです。初めて会って、すごくいい人、そういう感じの子だなと思いました。
 
──舞台となる荃湾(ツェンワン)はとても庶民的な印象があります。
 
ユン監督:実際に、私もツェンワンに住んでいたのです。事件の場所は自分の家の近くで、いつも食事したりする場所でした。この作品の舞台はツェンワンという設定でしたが、実際にツェンワンで撮影したのは、警察が彼を捕まえた公園のシーンだけです。それ以外は全部ほかのエリアで撮影しました。やっぱり、実際にあった大事件なので、周りに住んでいる人たちの心理を考えないといけない。実際に脚本を書いている頃、主人公のモデルはまだ住んでいました。だから撮影にはやや抵抗がありました。
 
──庶民的な街で育った監督が、どのように映画という表現に惹かれていったのですか。
 
ユン監督:生まれが80年代で、香港の映画業界も好調な頃でした。ジャッキー・チェンやチャウ・シンチーの映画が盛り上がった時代でした。小さいときは、みんなについて行って映画館に入ったこともありました。家がわりと貧しかったので、映画を見ること自体が一大イベントでした。その喜びが忘れがたくて、成長して映画監督になりました。尊敬するのはアン・ホイ監督ですね。
 
──新作の予定をお聞かせください。
 
ユン監督:次の作品は監督ではなくプロデューサーです。その映画も、70年代に17歳の女の子が殺されて、箱の中に入れられたという実際にあった事件を扱います。そのほかに、自分が撮りたい映画もあります。数年前に亡くなったおばあちゃんに捧げる映画なのですが、それは監督をやるつもりです。彼女が、日本でいう宝くじみたいなものを買うのが好きな人だったので、それを内容に入れるつもりです。
 
お父さん
 
 

インタビュー/構成:稲田隆紀(日本映画ペンクラブ)

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